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日本が誇る有能なる軍人たちの活躍を紹介します。
岩本徹三とは

岩本徹三とは

岩本徹三は、元日本海軍で太平洋戦争では航空隊に所属していました。

父親が元警察官という厳格な家庭で育ち、上に兄弟がいたものの跡を継がなかったことから、岩本に期待をし家に残るように伝えても意を反して志願兵となり、海軍航空科へと進みました。

当時の海軍としての仕事は整備や操縦する為の訓練がほとんどでしたが、1937年に支那事変が起きてからは日本は戦争の時代へと突入し、岩本は他の隊員と一緒に南京へと着任し初陣への仕事が始まります。

当時一緒に着任した他の隊員は先輩が多く技術的にも高かったものの、それに負けないくらいの成果を上げることで出世をし勲章を叙勲されるくらいの名誉を受けました。

第二次世界大戦が始まりますと、空戦があった現在パプアニューギニアの数々の島にある基地へと隊を編成しては送り出され、アメリカ軍との撃墜戦を繰り広げていました。

空戦技術としての腕はもちろんのこと持ち前のカンの良さも手伝って、戦時中は8,000時間の飛行と13,400回の離着陸回数があったことから、最強の零戦パイロットというあだ名もありました。

戦後は戦犯は免れたものの現在パプアニューギニアでの戦闘様子を尋問され、結婚して職を得た後に戦争で受けた傷が原因で、1955年に家族を残して亡くなりました。

小野田寛郎とは

小野田寛郎は元陸軍軍人であり、太平洋戦争では情報将校としてフィリピンのルバング島へと着任し、終戦したから29年目にして日本へと帰還したことで当時のニュースや新聞で報道されたことで話題になりました。

第二次世界大戦のフィリピンは日本軍に占領され、それを奪還しようとアメリカ軍が上陸したことによって戦地へとなりましたが、そのフィリピンの領土内にある島の1つであるルバング島にもアメリカ軍が上陸したことから他の地と同様に戦うことになりました。

アメリカ軍が優勢だったこともあり戦時中に一部の隊には引上げ命令が出ていたのだが、彼には指揮権がなく同じ部隊に所属していた仲間が次々と戦死したことから、終戦後に任務解除命令が出ても情報が届きませんでした。

その状況だったこともあり終戦したことも分からないまま自分の職務を遂行し、30年以上経った1974年になって当時の冒険家だった鈴木紀夫が捜索して、やっと敗戦したことに気付き帰還することになりました。

しかし戦中の日本と戦後から30年以上経った日本とのギャップに差があり、時代の流れも早かったことから帰還してからの日本に馴染むことができなく、帰還して半年後には兄が移住しているブラジルに移り日本と行き来するようになり、2014年に日本の病院にて91歳で亡くなりました。

辻政信とは

辻政信は元軍人上がりの政治家で、陸軍士官学校や陸軍大学でも上位の成績を修めていたことから、優秀な生徒だったことが分かります。

陸軍大学から地元金沢へと戻り暫くして上海事変があり、すぐに上海へ第7連隊第二中隊長として出征して帰還後には参謀本部に配属されることになりました。

当時の上司は東条英機で彼の下で任務をおこない昇進された後、士官学校の幹事へとなった東条の誘いで本科の生徒隊中隊長に任務され、入校した生徒の指導をしていました。

1936年に辻は関東軍参謀部へと配属されましたが、持ち前のフットワークの軽さや頭の良さで任務を遂行するものの、自ら立てた作戦や考えを曲げることができない頑固な一面もあったことから、他の隊員とトラブルを起こすことや本部の指示を無視して任務を遂行するなど、周囲の人を振り回すこともありました。

また正義感も強く軍紀係の任務を命じられた際には上司や先輩でも違反したら告発をし、戦地で怪我をした隊員を安全な場所へと運ぶなどもありましたが、その反面で任務を遂行していなかったりしますと怒鳴ることもあったという。

また戦時中でも雲隠れをして身をかくしていた時期もあったことから、傍から見れば二面性があったこということが分かり、政治家になっても毀誉褒貶の評価が多い人物です。

舩坂弘とは

舩坂弘は元陸軍の軍人であり、戦後は大盛堂書店の代表取締役会長や日本銃剣道連盟参与などを任務し、武道や射撃の技を習熟している人物です。

1941年に陸軍に入隊し、当時から剣道と銃剣道は有段者であったことから、満州に配属され国境警備隊として旧ソ連軍の侵略に備えていました。

第二次世界大戦にて第59連隊として現在フィリピンへと上陸し、ゲリラ戦へと参戦するもののアメリカ兵に左大腿部を撃たれて、傷口の酷さから軍医に自決用の手榴弾を渡されただけで、治療もされることなく見放されることになりました。

しかし自ら止血手当をし自力で陣地へと戻り回復するもすぐに隊員として戦い、負傷していてもアメリカ兵を倒していたことから同僚達には不死身の分隊長いわれていました。

戦地では隊員だけではなく水や食料も減ってゆき、洞窟壕では生き地獄と化して自らも負傷していることから自決を決意します。

せめて敵陣へと向かい自爆しようと潜入するものの、死んでもおかしくないくらいのボロボロの体になっており、自爆用の手榴弾を手にしたのと同時にアメリカ兵に撃たれました。

最初は戦死と判断するものの生命力の高さで生き延びて、終戦するまでの間は各地収容所へと転々するものの、強靭までの生命力の高さがアメリカ兵の中で噂となって広がりました。


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